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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)6400号 判決 1989年2月06日

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告木村明理(以下単に「原告木村」という。)に対し、二八七〇円及びこれに対する昭和五九年二月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告大西祥子(以下単に「原告大西」という。)に対し、一三九〇円及びこれに対する昭和五九年二月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。との判決及び仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨の判決。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(当事者)

被告は、調布中学校、調布高等学校等を設置する学校法人であり、原告らは、いずれも昭和四七年四月から調布中学校及び調布高等学校(以下「学校」という。)の専任教師として雇用されているものであって、右学校の教職員で組織された労働組合である調布中学校、調布高等学校教職員組合(以下「組合」という。)の組合員である。

2(賃金カット)

被告は、学校の教職員に毎月二二日に当月分の賃金を支払うこととしており、昭和五九年二月二二日に、同月分の賃金を支払ったが、その際、原告木村及び原告大西の賃金中から、原告木村については、同年一月一八日午後四時一五分から午後六時一五分まで、原告大西については同日午後五時三〇分から午後六時一五分までの間、学校の職員会議に出席しなかったことを理由として、それぞれ二八七〇円及び一三九〇円を控除した(以下、この控除したことを「本件賃金カット」という。)。

3(本件賃金カットの無効)

(一)  しかるに、右昭和五九年一月一八日の午後四時一五分から午後六時一五分の間は、次のとおり、勤務時間に含まれないから、その間の職員会議に出席しなかったことを理由とする、本件賃金カットは無効である。

(1) 昭和三五年四月一日から実施された被告の就業規則(以下「旧就業規則」という。)によると、学校の教員の勤務時間は「一日八時間(週四八時間)を原則とし午前八時二〇分より午後四時二〇分までとする。但し都合により変更することがある。」と定められていた。しかし、学校の専任教員の勤務時間は、平日(月曜日から金曜日までをいう。以下同じ。)は午前八時一五分から午後四時一五分まで(そのうち、午後〇時三〇分から午後一時二〇分までが休憩時間)、土曜日は午後〇時三〇分の終了後担任業務等終了次第というのが、実態であり慣行により労働契約の内容になっていた。

(2) 組合は、昭和五五年二月二二日、被告と、「退出時刻を月曜日から金曜日までは午後四時一五分、土曜日は午後一時とする。ただし行事等により変更することがある。」との労働協約(以下「本件あ協約」という。)を締結したが、この労働協約は、右慣行を前提として締結されたもので、終業時間を定めたものである。

なお、同日、組合は、被告と超過勤務手当について、平日は午後五時五分以降、但し、水曜日は午後六時一五分以降、土曜日は午後二時以降勤務に従事した教職員に対し超過勤務手当を支給する旨の労働協約(以下「本件い協約」という。)を締結したが、この労働協約は、終業時間を定めたものではなく、終業時間は、本件あ協約によることを前提として、平日は午後四時一五分以降午後五時五分(水曜日は午後六時一五分)まで、土曜日は午後一時以降午後二時までの超過勤務手当を放棄することとしたものである。

また、組合は、昭和五五年二月二二日、被告と、組合員は同日以前の超過勤務手当について個々にその請求を取り下げ、被告は、同日以前の超過勤務手当等にかかわる解決金として組合に三五万円を支払う旨の合意(以下「本件合意」という。)をした。

組合が、本件い協約を締結し、本件合意をなしたのは、団体交渉において、被告が、以前の超過勤務手当金額を支払う場合には、その財源確保のため翌年度のベースアップを抑制し、非常勤講師の賃金を引き下げるとともに、これまで教員の就労を免除してきた夏休み期間中の二〇日間の出勤を求め、試験期間中の試験終了後も就業時間までは退出を認めないようにする旨の発言をしていたため、従前の勤務実態を維持させるためやむをえず妥協して、締結したものであり、就業時間を変更するような協約を締結することはありえない。

(3) 被告は、昭和五六年四月二日、新たな就業規則(以下「新就業規則」という。)を施行し、これには教員の勤務時間は、水曜日を除く平日は、午前八時一五分から午後五時五分まで、水曜日は午前八時一五分から午後六時一五分まで、土曜日は午前八時一五分から午後二時まで、その間五〇分(水曜日は六〇分)の休憩時間が与えられる旨の規定が置かれたが、この部分は、組合の反対にもかかわらず制定されたもので、本件あ協約にも反するので無効である。

また、新就業規則は、それ以前の旧就業規則に基づいて存在していた教員の平日の勤務時間は午後四時一五分までとの労使慣行を労働者の不利益に一方的に変更するものであるところ、この変更は、超過勤務手当の支払義務の存しないことの外観を作りあげるためにすぎず、何らの合理的理由もないから無効である。

(二)  被告は、新就業規則制定後、昭和五六年六月二三日から、遅刻、早退等について賃金カットを実施してきたが、職員会議の欠席ないし早退については賃金カットの対象とされないまま推移してきた。このことにも表れているように、職員会議の欠席ないし早退については賃金カットの対象としないというのが労使の共通の暗黙の了解であり、労使慣行として規範化していたのである。しかるに、本件賃金カットは、何らの合理的理由もなく一方的にこれを破るもので無効である。

4 よって、被告に対し、原告木村は、本件賃金カットにかかる二八七〇円、原告大西は、本件賃金カットにかかる一三九〇円、並びにこれらに対するいずれも支払期日の後である昭和五九年二月二三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1(請求原因に対する認否)

(一)  請求原因1、2の事実は認める。

(二)(1) 同3(一)の冒頭の主張は争う。

(2) 同3(一)(1)は、そのうち旧就業規則に原告ら主張のような規定があったことは認め、その余は否認する。

(3) 同3(一)(2)は、そのうち、被告と組合が原告ら主張の日に原告ら主張の各労働協約(本件合意を含む。)を締結したことを認め、その余は争う。

(4) 同3(一)(3)は、そのうち昭和五六年四月二日に施行された新就業規則に原告ら主張のような規定が存することは認め、その余は争う。

(5) 同3(二)は、そのうち昭和五六年六月二三日から遅刻、早退等について賃金カットを行ってきたこと、職員会議の欠席ないし早退については本件賃金カットまで賃金カットを行っていないことは認め、その余は争う。

2(被告の主張)

(一)  旧就業規則の勤務時間に関する規定は、休憩時間の定めをおいていなかった。これは生徒の昼休み時間は、教師には、給食指導(小学校及び中学校)、生徒の質問や相談を受け、生徒指導等を行い、職務上の各種の会合を開く等の用務があり、教師にとっての休憩時間ではなかったため、休憩時間は勤務時間の最後のほうにとることとしていた。したがって、平日においては、午後四時二〇分がまさに勤務終了の時刻であった。なお、旧就業規則のもとにおいて、昭和五四年までには、学校の始業時間が午前八時一五分に繰り上げられたのにともなって、教員の勤務時間の終了時間も午後四時一五分に繰り上げられていた。

(二)  組合は、昭和五四年五月二四日、就業規則に休憩時間の定めがないこと、超過勤務手当の不払等を理由として、渋谷労働基準監督署に対し労働基準法違反申告を行った。これをきっかけに、被告は、教員の休憩時間について勤務時間の途中におくよう労働基準監督官の指導を受けるようになった。被告は、右労働基準監督官に対し、勤務時間の途中に休憩時間を設ける場合は、生徒の昼休時間を教員の休憩時間とせざるをえないこと、また、その時間だけ勤務時間が繰り下がることを組合に説明し、その了解をとることを要請したところ、同労働基準監督官は、その後、組合が右の点について了解した旨を伝えてきた。そこで、被告は、休憩時間については、組合と労働協約を締結して直ちに実施するが、就業規則については他の点とも併せ改正することとした。

(三)  右の経緯を踏まえ、被告と組合は、昭和五四年一〇月三〇日以降、超過勤務手当不払問題及び勤務時間について、団体交渉を重ねた。そして、被告は、昭和五四年一二月五日に開催された団体交渉において、休憩時間を勤務時間の途中の生徒の昼休み時間(当時午後〇時三〇分から午後一時二〇分まで)とするため、水曜日を除く平日の終業時間を午後五時五分、水曜日は職員会議の予定日であるので午後六時一五分(休憩時間は六〇分)、土曜日は午後二時とすることを提案し、昭和五五年二月一五日に開催された団体交渉において、組合もこれに同意した。

また、超過勤務手当の不払問題も、被告が組合に三五万円の解決金を支払い、将来のため超過勤務に関する労働協約を締結することに合意した。

(四)  以上の経過で、締結されたのが、本件あ協約、本件い協約及び本件合意である。

原告らは、本件あ協約が終業時間を定めたもので、本件い協約は、超過勤務手当の支払いを受ける時間帯を明らかにしたものにすぎないと主張する。しかし、本件あ協約には、「行事等のため退出時間を変更することがある。」と定められているところからしても、「退出時間」とは勤務時間中に任意に退出できる時間を定めたもので、学校での勤務を要するときは退出できないことを定めたものと解するほかはない。また、本件い協約も、原告ら主張のように解すれば、予め一定範囲の超過勤務手当を放棄するという労働基準法に違反するものとなり、原告ら主張のように解せないことは明らかである。

(五)  新就業規則の教員の勤務時間の定めは、本件い協約によって合意されたものを就業規則化したものにすぎない。それゆえ、組合も、新就業規則案に対する意見書中では、何らの意見を述べていないのである。

また、新就業規則は、教育の不利益にその勤務時間を変更したものではない。すなわち、一週当たりの勤務時間は、旧就業規則による四八時間から四六時間四五分に短縮されているうえ、本件あ、い協約を原告ら主張のように解しても、本件い協約により賃金には影響が生ぜず、本件あ協約により、水曜日の職員会議への出席を事前に承認しているのであるから、実質上の変化はない。

(六)  仮に、水曜日の勤務時間を午後六時一五分までとしたことが、就業規則の不利益変更に当たるとしても、右のように一週あたりの勤務時間は短縮されていること、右の時間の延長は職員会議への教員の出席を確保するため、これを勤務時間内で行い、かつ、教員の生活予定を変更させないため従前と同一曜日、同一時間帯に行うことを可能とするためのものであるところ、職員会議が次のような重要な機能を有していることに照らすと、右の変更は合理的なものである。

すなわち、職員会議は、校長の学校教育の運営が、効果的かつ円滑に行われるように教職員の意見を聞いたり、運営方針を教職員に周知徹底させたり、教職員相互の連絡調整を図るための内部組織(諮問機関)であって、被告においては大正一五年創立当初から設けられ、昭和二一年ころからは、原則として隔週の水曜日に開かれてきたものであって、(1)縦の連絡調整、(2)横の連絡調整、(3)校長の意思決定への参加、(4)教職員の啓発、といった機能を有していた。

(七)  以上のとおり昭和五九年一月一八日(水曜日)午後四時一五分から午後六時一五分は、学校の教員の勤務時間に含まれるところ、原告木村は、同日午後四時一五分から午後六時一五分までの二時間、原告大西は同日午後五時三〇分から午後六時一五分までの四五分間、いずれも職員会議に出席せずその勤務を欠いた。

そこで、被告は、新就業規則及び給与規定の定めにより、原告らの同年二月分の賃金中から所定の額を控除した。

三  被告の主張に対する認否

1  被告の主張(一)は、そのうち旧就業規則に休憩時間の定めをおいていなかったことを認め、その余は争う。学校の教員は、旧就業規則のもとにおいても、生徒の昼休み時間を休憩時間と認識していた。被告主張(二)の労働基準法違反申告中の休憩時間に関する部分は、実態として休憩時間であった生徒の昼休み時間帯を就業規則上も休憩時間として明示することを求めたものである。

2  被告の主張(二)は、そのうち組合が被告主張の日に、被告主張のとおり、渋谷労働基準監督署長に対し労働基準法違反申告を行ったことは認め、その余は争う。

3  被告の主張(三)は、そのうち被告と組合が、昭和五四年一〇月三〇日以降超過勤務手当不払問題について団体交渉を行ったことを認めその余は争う。

4  被告の主張(四)、(五)及び(六)は、いずれも争う。

新就業規則作成に際し、組合は、労働協約を下回る労働条件を定める部分には反対である旨の意見を述べており、これには勤務時間の定めも含まれる。

第三  証拠<省略>

理由

一  請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

また、<証拠>によると、昭和五六年四月二日から施行された新就業規則の付属規定である給与規定には、「職員が、正規の勤務時間に勤務しないときは、勤務しないことにつき、特に承認があった場合を除くほか、その勤務しない一時間または一日につき本規定第一八条四項及び第一九条の規定により勤務一時間または一日当たりの給与額を減じた給与を支給する。前項の勤務しない時間の合計時間に一時間未満の端数が生じた場合は、三〇分未満はこれを切り捨て三〇分以上一時間未満はこれを一時間に切り上げて計算する。」との規定があったこと、学校の安藤清吉校長(以下「安藤校長」という。)は、昭和五六年六月二二日、翌日の早退、遅刻等から、就業規則及び給与規定にのっとり、翌月分の賃金から賃金カットを行う旨教職員に告知したことが認められる。また、弁論の全趣旨によると、給与規定一九条の規定(一時間当たりの給与額は、四七×五二分の給与月額×一二として算出する旨の規定)により算出した原告木村の昭和五九年一月一八日の二時間分の賃金は二八七〇円であり、原告大西の同日一時間分の賃金は一三九〇円であったことが認められる。

二  そこで、まず、昭和五九年一月一八日(水曜日)午後四時一五分から午後六時一五分が原告らの勤務時間に含まれるか否かについて検討する。

1  被告には、昭和三五年四月一日から実施されていた旧就業規則があり、これには、「勤務時間は一日八時間(週四八時間)を原則とし午前八時から午後四時二〇分までとする。」との規定があったこと、組合は、昭和五四年四月二四日、渋谷労働基準監督署に対し、超過勤務手当の不払、就業規則に休憩時間の定めがないこと等について労働基準法違反申告を行ったこと、昭和五五年二月二二日、被告と組合との間で本件あ、い協約及び本件合意が締結されたこと、昭和五六年四月二日から実施された新就業規則には、教員の勤務時間について、水曜日を除く平日は、午前八時一五分から午後五時五分まで、水曜日は午前八時一五分から午後六時一五分まで、土曜日は午前八時一五分から午後二時までその間に五〇分(水曜日は六〇分)の休憩時間が与えられる旨の規定が存すること、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  右当事者間に争いがない事実に、<証拠>を総合すると次の各事実を認めることができ右各証言中の次の認定事実に反する部分は採用しないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  被告の昭和三五年四月一日から実施された旧就業規則においては、教職員の勤務時間は、一日八時間(週四八時間)を原則とし午前八時から午後四時二〇分までと定められていたが、その後、始業時間が午前八時一五分、終業時間は午後四時一五分と事実上変更され、土曜日は、午後一二時三〇分の授業終了後用務終了次第(おおむね午後一時前後)退出することが認められていた。

(二)  組合は、昭和五四年五月二四日、被告が組合の活動に関し賃金カットを行ったことをめぐる議論の中で、被告が生徒の昼休み時間帯は休憩時間ではない旨言明したことを契機として、渋谷労働基準監督署長に対し昼休みの四五分間が就業規則に休憩時間として定められていないこと、定例職員会議、日直勤務等について超過勤務手当が支給されず、いわゆる三六協定も結ばれていないこと等について労働基準法に違反するとして申告を行い、その是正措置を求めた。同労働基準監督署労働基準監督官は、同年一〇月二五日、被告に対し、就業規則に休憩時間を明示すること、超過勤務手当を支払うこと等を内容とする是正勧告を発した。

(三)  そこで、被告は、右諸点を含めて就業規則を全面改正することとしたが、当面超過勤務手当については組合と労働協約を締結することで対処しようとし、昭和五四年一〇月三〇日から、組合との団体交渉を開始した。そして、昭和五四年一二月五日の団体交渉において、被告は、組合に対し、基本的には是正勧告に従う旨表明し、平日においては午後一二時三〇分から午後一時二〇分までの生徒の昼休み時間を休憩時間とし、その分終業規則を平日は午後五時五分(ただし、水曜日は午後六時一五分までとし、休憩時間としてもう一〇分間を加える。)に、土曜日の終業時間を午後二時までとする提案を行い、同月一八日に開かれたいわゆる予備折衝においては、組合に、右のとおり改正する予定の就業規則の改正案を短時間ではあるが示した。

なお、被告は、教員には、生徒の昼休み時間中に生徒指導や時によっては会議等の業務があるから、この時間を休憩時間とするのは適当でないとして、勤務時間の最後に休憩時間をおきたいとの希望を持ち、担当の労働基準監督官にその旨を申し出ていたが、担当の労働基準監督官から、休憩時間は、勤務時間の途中に設ける必要があり、またその時間は教職員に完全に自由に利用させるものでなくてはならず、形式的に就業規則中に休憩時間の規定をおくだけでは足らないとの指導を受けていたこともあって、勤務時間について右のような提案を行うに至った。

また、被告は、昭和五五年二月一五日の団体交渉において、今後の超過勤務手当の支払いについて、水曜日を除く平日は午後五時以降、水曜日は午後六時一五分以降、土曜日は午後二時以降、勤務に従事した教職員に対し法に定められた額を支払う旨、超過勤務手当は三〇分きざみで支給し、三〇分単位の額の計算方法として、四八(時間)×五二(週)×二分の本俸×一二(月)×一・〇(労働時間四八時間以内の超過勤務につき)又は一・二五(右四八時間を超える超過勤務につき)との旨の提案を行った。

(四)  これに対し、組合は、従前の勤務時間の実態を変えないことを主張し、右の計算方法については分母の四八時間を四七又は四六時間とすべき旨を主張した。

そして、昭和五五年二月二二日の団体交渉においては、組合は、勤務時間について組合と被告との間に主張が異なることを明らかにしたうえで、本件い協約を締結することを提案したが、被告がこれを拒否した。なお、超過勤務手当の額の算出式については、右の被告提案の分母の四八時間を四七時間と改めることで合意した。

しかし、同日までの団体交渉において、被告から過去の超過勤務手当の金額を支払うかわりに、その財源確保のため、昭和五五年度のベースアップを抑制し、非常勤講師の賃金を是正するとともに、教員については、夏休み期間中も出勤を求め、試験期間中は試験終了後も終業時間までは退出を認めないこととすることも検討している趣旨の発言があった。組合は、そのようなことだけは避け、従前の勤務実態を維持することを第一と考え、被告と妥協することとして、右の提案を撤回して、不本意ではあったが、本件あ、い協約及び本件合意を締結することとした。なお、本件合意の原案は、組合において作成したものである。

(五)  被告は、昭和五五年三月、就業規則の全面改正案をまとめ、同年四月、これを組合に提示し、同年一〇月から昭和五六年一月一〇日までの間に数回にわたり、団体交渉を開き、新就業規則の案について逐条的に審議した。その過程で組合は、労働協約によって定められている内容を下回る労働条件を定めることには反対であるとの一般的な指摘をしたほか、就業規則案の個々の内容についても意見を述べ、同年一二月に開催された団体交渉においては、本件あ協約による退出時間と新就業規則案の終業時間の相違が話題となった際に本件あ協約のとおり終業時間を定めるべき旨を主張したが、昭和五六年一月一〇日に、被告が団体交渉を打ち切ってからの度々の団体交渉を申し入れに際しても、最終的に組合の提出した意見書においても、新就業規則案の個々の条文等について相当詳細な意見を述べているものの、勤務時間の問題は取り上げなかった。また、組合は、同年二月二四日、東京都地方労働委員会に新就業規則についての団体交渉促進のあっせんを申請し、右申請書中の「訴えの内容説明概況」と題する部分では、新就業規則案中の旧就業規則及び現労働協約を下回る条項として五項目を例示しているが、その中に勤務時間に関するものは含まれていない。

3(一)  原告らは、本件あ協約が終業時間を定めたものであり、本件い協約は、終業時間が本件あ協約で定められていることを前提に、終業時間後の一定の時間について超過勤務手当を請求しない(ないしは放棄する)ことを約したものであると主張し、<証拠>中には、その趣旨の部分がある。

(二)  しかし、超過勤務手当は、就業規則等によって定められた労働時間(以下「所定労働時間」という。)以外のすべての労働について支払われるべきものであって、所定労働時間外の一定の時間帯の労働について、事前にこれを請求しない旨約する(ないしは放棄する)ことは、労働協約によってもできず、超過勤務手当を請求しない(ないしは放棄する)ということを内容とする労働協約は、労働基準法三七条に違反して無効である。そして、労働協約の解釈にあたっては、他に解釈する余地があるのに、それが労働基準法等に違反し、無効となるような解釈をすべきでない。そうすると、ある時間以後の勤務について超過勤務手当を支払う旨の労働協約は、そう解すると他の点において労働基準法に違反するとか、明らかに当事者の意思に反するとかの特段の事情がないかぎり、当該時間までを勤務時間とする旨の合意を前提とするものと解すべきことになる。そして、本件い協約を、被告主張のように、終業時間が水曜日を除く平日は午後五時五分、水曜日は午後六時一五分、土曜日は午後二時であることを前提として、その後の勤務について超過勤務手当を支給することに合意したものと解しても、労働基準法に違反するともいえないし、次に説示するところに照らすと、組合の意思に明らかに反するとも認め難く、組合の客観的合理的意思に合致すると解することができる。<証拠>中の右部分は、採用できない。

(1) すなわち、前認定のとおり、組合は、本件い協約締結に至る経過のなかで、勤務時間の実態に変更がないことを主張していたが、前認定のとおり、本件い協約は、組合にとっては、被告と妥協して締結したものであるところ、同時に締結した本件あ協約によって、実質的な終業時間は従前と同一になるのであるから、勤務時間の実態を変更しないという組合の主張は一応満足されるとみなしうるから、終業時間を変更することに組合が合意する余地がなかったとは言えない。

なお、本件あ協約は「退出時間」を規定しているものであるが、「退出時間」は、特段の用務なき限り被告が教員の就労を免除する時間と解すべきである。けだし、「退出時間」は、文言上は終業時間を意味するとは認め難いうえ、本件あ協約によると、一定の場合に随時変更されることが予定されており、このことからも退出時間が終業時間を意味するとは解し難いのに対し、右のように解すると、これが随時変更されることと矛盾せず、前説示のとおり、それによって実質的な終業時間は従前と同一になるのであるから、勤務時間の実態を変更しないという組合の主張を一応満足するものといえるからである。また、前2(四)認定のとおり、本件あ協約の原案は、組合が作成したものであることが認められるところ、前2(四)認定のとおり、組合は、被告が終業時間を組合主張のとおりとすることに合意しないことを認識した上で、本件あ協約の原案を作成し、これを締結することで妥協したのであるから、その点からも、本件あ協約が終業時間を定める(確認する)ものと解することはできない。

(2) 前2(三)、(四)認定のとおり、組合は本件い協約において、超過勤務手当の算出法について、週当たりの所定労働時間が四七時間であることを前提とした計算式によることを合意しているところ、被告主張の勤務時間によった場合の週当たり所定労働時間は、四六時間四五分であるから(これに対し、組合主張の勤務時間によった場合は、休憩時間をなしとしても四四時間四五分となる。)、これをもとに端数整理をしたものと解することができる。

(3) 前2(五)認定のとおり、新就業規則制定の過程において、組合は、本件あ協約のとおり終業時間を定めるべき旨の意見を述べたことはあるものの、その後は、明確には、新就業規則案の勤務時間に関する規定についての意見はなんら述べていない。

この点について、原告らは、現行の労働協約を下回る労働条件を設定する部分には反対であるとの意見中に、終業時間に関する規定に反対であるとの意見も含まれるのであって、新就業規則中の終業時間を定めた本件あ協約に反する部分は、無効であると考えて、具体的には意見を述べなかったと主張し、<証拠>中には、その趣旨の部分もある。

しかし、本件あ協約が、終業時間を定めたものと解せないことは、前(1)で説示のとおりであるから、新就業規則の終業時間の定めが本件協約に反するものとは言えない。そうすると、前2(五)認定の、組合の提出した団体交渉促進のあっせんを申請書中に示した新就業規則案中の旧就業規則及び現労働協約を下回る条項中に勤務時間に関するものは含まれていないこと、最終意見書中で新就業規則案について相当詳細な意見を付しながら勤務時間についてはなんらの意見も述べていないことは、組合が、新就業規則案の勤務時間に関する規定に賛成ではないにしろ、本件あ協約で用務のないかぎり午後四時一五分に退出できることが確保されているため、本件あ協約による退出時間と同一時間を終業時間とすべき旨の希望を述べたに止り、特に反対しなかったと解するほうが合理的である。<証拠>中の右部分は採用しない。

(三)  以上のとおり、本件い協約は、これを客観的・合理的に解釈するとすれば、終業時間を被告主張のとおりとすることを前提として、超過勤務の支払いについて定めたものと解さざるをえない。

4  そうすると、新就業規則の勤務時間の定めは、本件い協約で前提とされた終業時間と同一内容を定めたものであって、なんら組合との労働協約に反するものでも、一方的に組合員に不利益に変更したものでもないから、少なくとも組合員に対しては有効である。

5  したがって、昭和五九年一月一八日水曜日の原告らの終業時間は、午後六時一五分であったというべきである。

三  次に、原告らは、学校においては、職員会議を欠席ないし早退した教員については、そのことを理由としては賃金カットを行わないという労使慣行が存在したと主張する。

新就業規則及びその付属規定たる給与規定施行後、昭和五六年六月二三日から遅刻、早退等について賃金カットが行われてきたが、職員会議の欠席、早退については、本件賃金カットがなされるまで賃金カットが行われていなかったことが認められる。しかし、この事実を考慮にいれても、未だ職員会議を欠席ないし早退した教員については、そのことを理由としては賃金カットを行わないという労使慣行が存在したとまでは認めるに足りる証拠はない。

四  以上の次第で、昭和五九年一月一八日午後四時一五分から午後六時一五分までは勤務時間に含まれるのであって、この間に開催された職員会議に出席しない教員についても賃金カットを行わないという慣行の存在も認められないのであるから、その間の午後四時一五分以降の二時間(原告木村の場合)ないしは午後五時三〇分以降の四五分間(原告大西の場合)職員会議に出席せずに勤務を欠いた原告らについてなされた本件賃金カットは有効である。

(なお、本件賃金カットは、昭和五九年一月分賃金に対応する期間の欠務につき、同年二月分から賃金が控除されているが、前認定のとおり、翌月分の賃金から控除する旨の予告がなされており、しかも、欠務の時間と賃金の清算調整の実を失わない程度に接着した時期になされて、その額も多額ではないから、労働基準法二四条に反するとは言えない。また、原告大西については、四五分間の欠務について一時間分の賃金に相当する額の控除がなされているが、現実の欠務時間を超える一五分間の控除については、弁論の全趣旨によると、その額は原告大西の平均賃金の一日分以下であり、一賃金支払期における賃金総額一〇分の一以下であると認められるから、減給の制裁として有効であると解される。)

五  よって、原告らの本訴請求は、いずれも失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 水上 敏)

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